【コラム】③フルマラソンの「上り坂」と「下り坂」

京都マラソンのコースは、大都市マラソンの中では比較的アップダウンがあるという印象を持っている人が多いと思います。スタート後の高揚感も落ち着き冷静になってくると、嵐山高架橋を越え、9km手前から12km過ぎまでの「きぬかけの路」の数か所の上り下りなど、繰り返されるアップダウンに対して、ペース維持のために息を上げながらも頑張るランナーが多くなります。そして、37kmから39kmの今出川通りの銀閣寺方面の東行き。ここは約2kmの上りが続き、疲労しきった脚にさらなる負荷を加えます。これらの対策として、傾斜を走る練習もしっかりしておかないといけない、と考える人もいるでしょう。

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「上りではすぐに息切れしてしまい、脚が重たくなる」、「下りではブレーキをかけてしまい、スピードが上がらない。なのに平地に戻ると脚がだるくなっている」という話をよく聞きます。体力・筋力不足、フォームが良くない、と皆さん、謙虚に反省されますが、「上り坂」「下り坂」という平地ではないところを走ると、こうなるのは当然です。

まずは、坂の傾斜について説明しましょう。

傾斜の程度を「5%」とか「5度」とかいいますが、ランニング界では、「%」で傾斜を表すのが普通です。水平距離に対して、どれくらいの距離が垂直方向に上がっているかで計算します。100mの水平距離で1m上がっていれば 1%の傾斜ということです。傾斜 2%というのは、角度に直すと1.15度、傾斜10%は5.7度です。トレッドミル(ランニングマシン)で表示されている傾斜は%です。3%(1.7度)程度でも10分も走っていると大きな負荷を感じます。

京都マラソンでは、スタートから6kmまではほぼフラット。その6km地点の標高30mから12km過ぎまでに100mの高さに到達するので、その区間の平均傾斜は1%と少しです。しかし、途中4%の上りが750m、8%の上りが250m続く箇所もあり、ランナーには「上りがキツイ」という印象が残るようです。

上り坂の走り方について説明します。

フォームに関しては、平地と大きく変える必要はありませんが、傾斜がある分、着地点が上方向になり、腰が引けやすくなります。その対策として、カラダ全体を少し前傾し、ストライドはやや狭く、腰の下、重心の下で着地する意識も持ちます。ピッチ(脚の回転数)は平地と同じ程度を維持し、リズムを変えずにいると、ストライドが狭くなる分自然にペースダウンします。上りは傾斜がついているため、平地と同じペースを維持しようとすると、カラダを上方向に持ち上げる負荷が加わって負担(運動強度)が大きくなります。結果、心拍数は上がり呼吸は乱れ、下半身のほとんど全ての筋肉をより力強く使ってしまいます。

5kmや10kmなどの短い大会では、この負荷のアップにも負けないよう力を出し切って強い気持ちで頑張れるのですが、一般的な市民ランナーの場合、フルマラソンでは、話が違います。坂に負けない心肺機能と強い脚を日頃の坂道トレーニングで強化する!ということを考えてしまいがちですが、これは大きな勘違い。いくら強化しても、頑張ってペースダウンせずに上る限りしんどいのです。そこで、上り坂でポイントは、「頑張らずに走る」ことです。「頑張らない」というのは、つまりペースを落とすことです。傾斜がついている分、ストライドを狭めてゆっくり走るのです。息が上がらないように走る、体に感じる負荷を平地と変えない、平地での心拍数をなるべく維持する、ということです。京都マラソンの9km手前から12km過ぎまでの「きぬかけの路」では、まさにこのペース戦略、つまりペースダウンが必要となります。上り坂にさしかかるまで同じペースで走っていたランナーより遅れていくというのが効率的な走り方です。

次に下り坂についてです。

下り坂では、頑張らなくてもスピードアップしますので、いかにブレーキをかけずに下っていくかがポイントです。体が後方へ反り、足が腰から遠くなる前過ぎる位置で着地すると、足の接地時間が長くなり、その間に太ももの前の筋肉のブレーキがかかる(脚が曲がらないように踏ん張る)時間も長くなるので、脚の負担も大きくなります。そこで、接地時間を短くするために、腰の真下をイメージして着地し、地面の反発を受けて跳ぶように駆け下りていくとよいでしょう。

ただし、これはとても難しい技術です。市民ランナーにとっては、大きくブレーキをかけて脚への負担を大きくするような大幅なスピードアップをしないことが重要です。少しカラダを前傾し、体の軸が下り傾斜と直角になるようなフォームで、上りと同様、ストライドを狭めピッチ走法で下っていきます。太ももの前を使わない意識を保ちましょう。

都市型マラソンでは市街地を走ることが多いので、コースは全体的にはほぼ平坦です。500mとか1kmの区間では確かに上っていますが、全体のほんの数%のことで90数パーセントはフラットです。だから、そんなに少しの坂道の時に敢えて頑張らない、というのがフルマラソンの賢い走り方です。前半のオーバーペースもそうですが、坂を頑張るとそのツケはラスト10kmぐらいから数倍返しで襲ってきます。オーバーペース、頑張る、息が上がる…ということは、糖質の燃焼割合が高くなり、筋肉の中の限りあるエネルギー源、グリコーゲンの無駄遣いになります。リズミカルな一定の負荷、一定の心拍数で、淡々と走っていくのが省エネ走法です。

30kmを越えてからは、ちょっとした坂でも脚に負担を感じますので、レース後には「坂にやられた」と思いがちですが、30km以上しっかり走れる脚作りを日頃の練習の中でコツコツと積み重ねていけば、レース本番の坂も以前よりペースダウンすることなく上れるようになるでしょう。京都マラソンの37~39km地点の今出川通の上り坂も、その時点までにペースダウンしてしまうと辛い坂になりますが、そうでなければ、「あと4km」と最後の力を出し切ることで大きくペースダウンせずに走って上れることでしょう。

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このようなレースでの「上り坂」と「下り坂」攻略法を理解すれば、練習では特に坂を練習計画に取り入れる必要はないでしょう。ただし、春から夏の基礎的な走りこみの時期に暑さ対策を兼ねて山間を走ることで脚の土台づくりを目指したり、シーズン中でも時間がない時には、短時間でカラダに大きな運動刺激を与えるために練習に取り入れていくこともあります。