【スポーツドクターのアドバイス】②自己記録を縮めるために

②自己記録を少しでも縮めるための走り方
昨年、私がランニング障害の予防についてのアドバイスを書いたときは、「いかに故障をしないで長い間楽しくランニングを続けてもらうか」を主眼に内容を構成しました。(京都マラソン2016予防アドバイス

今回は女性ではサブ4を、男性ではサブ3.5を目標に練習を行い、その成果を京都マラソンで発揮しようと望まれている皆さんへのアドバイスを書かせていただきます。

長い間楽しくランニングを続けてもらうためには、基本的な障害予防という面で大きく異なることはありません。しかし、自己記録を更新するためには練習の際にも今までよりも大きな負担が生じることが予想されます。

それでは、身体や脚に大きな負担がかかる仕組みを見ていきましょう。練習を大きく分けると、走る際の速度と量の問題になりますが、私からは速度の問題について触れてみます。

走る速度はランニング時の歩幅と歩数によって決まります。
まず、速く走るには歩幅を広げることが必要です。マラソンにおいては、振り出した脚の着地点を数cm前にするだけで、完走タイムの数分に匹敵する違いが出ます。たとえばランニングペースが5分/kmくらいの方の歩幅が約120cmとしますと、フルマラソンでは約35,000歩になります。この一歩を5cm伸ばすと35,000歩で1,750m先に進むことになり、これを5分/kmで走った場合には8分45秒の記録短縮になります。

歩幅を広げると言っても短距離選手のようにダッシュをするわけではありませんが、少し着地点を前に置くだけで8分以上の記録短縮になるのです。しかし、歩幅を伸ばすことを維持することは簡単にできるように思えますが、実際には疲労が積み重なるため、脚の振り出しが徐々に弱くなり、着地点が近くなってしまいます。

これに対して、ランニング中のピッチ(歩数)を維持することは、苦しいですが自分の意志で何とかできるはずです。ピッチ数を維持して歩幅も変わらず走り続けることができれば、設定したスピードが保たれて目標の記録を達成できるでしょう。

(足を振り出す動作について)
少しでも早くゴールするための走り方について、実際にランニングをしているフォームの写真を参考にしながら説明します。NO.1の写真はエリートランナーのランニングフォームを横から見たものです。NO.2の写真は初心者の皆さんのマラソン大会中のフォームです。この2枚の写真を見比べていただきますと、ランニングフォームの違いがはっきりと分かります。

NO.1・2


まず、当然ながら歩幅の違いに気が付きます。エリートランナーの皆さんは、後ろ足で地面を蹴っている瞬間(テイクオフ)に腰の位置が足のつま先よりも前方に移動しています。一方、初心者の皆さんは、前に振り出そうとしている足の引き上げ角度がほとんどないことに気付きます。

さらに理想的なランニングフォームをNO.3の分解写真で示しながら説明します。

NO.3


NO.3の写真(フォワードスイング、フットディセントの部分)の右脚の動作で説明しますと、トップランナーは股関節を引き上げてから、膝から下(下腿)が振り出されて着地しています。この写真からは、歩幅を広げるためには股関節の引き上げと膝から下の振り出しが大切になることがわかります。

一方、初心者の皆さんは股関節の引き上げがほとんどなく、さらに膝から下の振り出しも小さいため、股関節から下が一本の棒のような状態で振り子のような動作になっています(NO.2の写真)。この動作では、振り出した足の移動距離が小さいために、腰の位置が十分前方へ移動できず、結果として推進力も生まれないので、前方移動のスピードは小さくなってしまいます。

足の移動距離を大きくするために必要な筋力として、股関節を引き上げるためには腸腰筋(ちょうようきん)(大腰筋(だいようきん)と腸骨筋(ちょうこつきん))を中心とした股関節周囲の筋肉の強化が重要となります。また、膝から下の下腿を大きく振り出すためには、膝関節を伸ばすために使う大腿四頭筋(だいたいしとうきん)(大腿直筋(だいとうちょっきん)、内側広筋(うちがわこうきん)、中間広筋(ちゅうかんこうきん)、外側広筋(そとがわこうきん)の4つの強力な筋肉)の強化が必要になります。

(地面を蹴る動作について)
初心者の皆さんはスピードを上げようとすると前方へ進む意識が強くなりますが、歩幅を前方へ伸ばせず移動距離が大きくならない場合には、その分をどこかで補おうとします。このために地面を蹴る後ろ足の蹴りを強くして(NO.3の写真では右脚のミッドサポートからテイクオフ)、腰の位置を前方へ持っていこうとします。

すると、足首の蹴る力(底屈力)に頼った走り方になってしまい、ふくらはぎの筋肉に疲労がたまりやすくなります。悪化するとアキレス腱炎を発症し、腫脹(しゅちょう)(炎症などが原因で身体の組織や器官の一部がはれ上がること)や痛みが慢性化してしまう危険が生じます。

また、地面を蹴った膝から下の足を引き付けるのは膝を曲げる動作であり、これにはハムストリング(大腿二頭筋(だいたいにとうきん)、半膜様筋(はんまくようきん)、半腱様筋(はんけんようきん)、薄筋(はっきん)などの筋肉)の強化が必要になります。太ももの裏側のハムストリングやふくらはぎの筋肉(腓腹筋(ひふくきん)など)の疲労がたまると、筋肉の柔軟性が低下してしまいます。この状態で筋肉を収縮させようとすると、まず股関節を前に振り出す動作に抵抗が生じます。この結果によりフットディセントの瞬間に前方への振り出しが小さくなることに加えて、前方への着地点も近くなります。さらにテイクオフ時の膝関節の伸びが悪くなると、腰の位置を前方へ運べなくなります。

次に、ふくらはぎとアキレス腱の柔軟性の影響は足首に出てきます。NO.3の写真のミッドサポートからテイクオフの瞬間に足首の曲げる角度(背屈角度)が小さくなり、体重を足の裏の前方(前足部)へ乗せにくくなってしまうために、体重の前方への移行が妨げられてしまいます。

エリートランナーの皆さんは、着地点を前方へ延ばす動作と地面を蹴る動作のバランスを上手に保ち、スピードを維持しつつも片方の動作に頼って過度な疲労が蓄積しないようにランニングを行っていると考えています(NO.1)。NO.4に示したランナーの方々は、市民ランナーの中でもこのランニング動作を上手く継続している皆さんであり、フォームをきれいに維持していることがタイムに反映されていると思われます。

NO.4