【スポーツドクターのアドバイス】③歩幅を広げたときの問題点と対処法

③歩幅を広げたときの問題点と対処法

(関節の屈曲・伸展のための筋肉の使い方)
関節を曲げたり伸ばしたりするときに、曲げる筋肉と伸ばす筋肉のどちらか片方が100の力で、反対が0の力で運動するということはありません。いつも両方の筋肉で引っ張り合いをするように力を調節して運動しています。この調節をしている筋肉の双方を拮抗筋と呼んでいます。拮抗筋の片方に疲労がたまってしまうと、すぐに筋肉の柔軟性に影響が出て伸びなくなってしまいます。マラソンに限らず、長時間運動をした後で過度に使った関節や筋肉をストレッチしようとすると緊張が強く、筋肉に牽引痛が生じて、運動前には十分動いていた関節の動きが狭くなってしまうのは、このためです。

ランニングフォームには個性があるため、すべての人が同じフォームで走ることはありません。速く走るためのフォームを大きく2つに分けてみますと、振り出す足をより前方で着地することで歩幅を広く確保するフォームの方と、着地した足で強く地面を蹴って体を前方に押し出すことで推進力を得るタイプの方に分かれると思います。理想的にはこの2種類のランニングフォームをうまく組み合わせれば、どちらかの主動作筋への負担の偏りが軽減できると思われますが、多くのランナーは、どちらか一方の動作に頼ってしまうため、その部分に過剰な負担が生じてしまい、筋肉の炎症が生じたり、慢性炎症が続いたりしてしまいます。

(着地の衝撃の影響)
歩幅を広げて着地することは、とても良いことのように書いていますが、スピードを上げられるようになる一方で、体や関節への負担を強いることになります。

まず考えられる大きな問題は、歩幅が広くなりスピードが速くなった分だけ着地の瞬間(NO.3のフットストライク)に足にかかる衝撃が強くなることです。この瞬間には、膝関節を伸ばすために使う筋肉である大腿四頭筋を緊張させることで膝関節を安定させるとともに、クッションを効かせて体重の衝撃を和らげるために少し膝を曲げています(NO.3の写真ではフットストライクからミッドサポートの間)。足にかかる衝撃が強くなるため、クッションの役割を担っている大腿四頭筋への負担が大きくなり、疲労が蓄積されます。

NO.3

この大腿四頭筋の疲労は筋肉だけではなく、曲げ伸ばしを行う関節にも影響を及ぼします。お皿の骨(膝蓋骨(しつがいこつ))が大腿骨と接触している部分で、屈曲又は伸展時に圧迫力がかかる関節軟骨への負担が大きくなり、膝蓋軟骨(なんこつ)軟化症(なんかしょう)や、膝蓋骨とすねの骨(脛骨(けいこつ))を連続させている膝蓋腱の炎症(膝蓋腱炎(けんえん))を生じます。女性の方では膝蓋腱の奥の関節の中にある膝蓋下脂肪体の炎症による疼痛や腫脹などが生じることもあります。(この部分の対処法や予防は、昨年の予防アドバイスで詳しく説明しましたので参考にしてください。)

図1


足首には、着地の時に内側や外側に不安定にならないようバランスをとりアキレス腱を補助する筋肉があります。内側には脛骨の後方から足関節の内側のくるぶしの後方から下に走っている後脛骨筋(こうけいこつきん)、外側は腓骨(ひこつ)(すねの骨)の後方から足関節の外側のくるぶしの後方から下に走っている腓骨筋が存在しています。これらの筋肉はアキレス腱の補助の役割をしながら、着地の動作と蹴る動作の時に大切な役割を果たしています。しかし、アキレス腱についている下腿三頭筋(かたいさんとうきん)(腓腹筋とヒラメ筋)に比べると小さい筋肉で筋力も小さいため、使われ方によっては疲労やそれに伴う炎症も起こりやすい場合があります。

(地面を蹴る動作の影響)
速く走ろうとした場合に多くの人が意識するのは、地面を強く蹴って前に進もうとする動作です。これは、ほとんどの人が無意識に行っているもので、ダッシュをする場合には足の裏の主に親指側で地面を強く蹴って前方への推進力とします。この場合の原動力は太ももの裏側のハムストリング、下腿のふくらはぎ(下腿三頭筋)、足底筋(そくていきん)が担っています。練習でロングインターバルのようなスピードの強化を行いますと、これらの筋肉に今まで以上の負担を感じます。強い力で筋肉の収縮を強制しますから、ハムストリングでは筋膜炎(きんまくえん)や肉離れなどが生じやすくなります。

地面を強く蹴る動作は、ミッドサポートからテイクオフで足の裏とつま先で地面を後方に蹴り、さらに太ももの裏側のハムストリングを使って股関節を背中側に伸ばすことにより腰の位置を前方へ移動させる推進力としています。フォロースルーからフォワードスイングでは、ハムストリングを使って素早く膝を曲げて下腿を引き付けることにより、股関節から前方への振り出しをスムーズに行う役目をしています。この動作は地面を蹴って腰の位置を前方へ移動させるうえでも、大きな役割を果たしていると思われます。

速く走ることによるトラブルの多くは、この下腿三頭筋とハムストリングで発生しており、短距離選手の肉離れはこれらの筋肉に高確率で生じます。マラソンのサブ4やサブ3.5の自己記録を狙うためには、持続できるスピードの上限に近い速度を維持しなければならず、疲労が生じた筋肉に肉離れに近い状況が発生してしまいます。

さらに、ふくらはぎの筋肉から移行して、かかとの骨(踵骨(しょうこつ))に付着しているアキレス腱にも影響が生じます。まず、アキレス腱の周囲の腱鞘(けんしょう)(通称パラテノン)と呼ばれる軟らかい組織(アキレス腱が入っている鞘)が腫れてしまいます。走ったり歩いたりして足首で地面を蹴る動作をすると、腫れてしまった鞘の中をアキレス腱がスライドするため、狭くなったトンネルを無理やり腱が往復するような状態となり、繰り返すと腫れが悪化して痛みが増悪することになります。この炎症が継続すると、腱実質部に炎症が波及して、腱組織に微小な損傷が生じてしまいます。この結果、アキレス腱の中に硬い腫瘤(小さなシコリのような部分)ができ、弾力性が低下して足首の背屈可動域が狭くなってしまいます。足首の背屈範囲が低下すると、体重を前足部(足のつま先側)に乗せる姿勢がとりにくくなるため、体重の前方移動に制限が生まれます。

さらに、アキレス腱の蹴る力が弱くなるために地面を後方に掻く力が弱くなってしまい、体重を前方に押し出す力が低下してしまいます。このことで結果的に歩幅も狭くなってしまい、スピードの低下を引き起こします。

(下肢の裏側のストレッチ)
このように、速く走ることは、それだけ脚の関節や筋肉への負担が大きくなることが分かったでしょうか。自己記録更新を目標に普段のトレーニングに励んでも、怪我や故障を起こす原因へつながることがあります。

これらの悪循環を断ち切るためには太ももからふくらはぎ、アキレス腱に至る筋肉および腱の柔軟性を維持して、特に膝関節、足関節の可動域を確保することが重要になります。ストレッチ、筋力強化の方法を写真NO.5~NO.9で示しますので実際に行ってみてください。

NO.5

NO.6

NO.7

NO.8

NO.9